国民所得なんてどうでもいいけど、弾さんや山形さんは大好き(or大嫌い)なひとのためのまとめ

山形さんへの謝罪

  • http://d.hatena.ne.jp/osakaeco/20061122/p1 に山形さんの関係記事についての引用をしておりませんでした。山形さんにもしかしたら、知らないところで陰口を叩かれたという不信感をあたえたかもしれません。おわび申し上げます。
  • http://d.hatena.ne.jp/osakaeco/20061122/p1 における捏造という表現はいいすぎだったかもしれません。事実上、捏造と同じ効果をもつ発言を山形さんが行ったという認識は現在でももっておりますが、あの発言のそのような効果を山形さんが意図的に行ったとは判断できません。捏造という表現はやはり意図的な行為を指すのが通常だと思いますので、捏造という表現をDELしたうえで、おわび申し上げます。

本題

前もって、以下に目を通して下さい。

山形プラスドライバー販売促進協会(以下「山形」に略)「プラスドライバーは役にたつよー」

大工弾(以下「弾」に略)「このネジ、プラスドライバーじゃあかんやないけ」

山形「お客さまは厨房ですので、おわかりないかもしれませんが、エライ先生がたが改良を重ねた結果、プラスドライバーはドライバーのなかで最高のものの一つと絶賛されております。」

地方の雑貨屋の丁稚大坂(以下略大坂)「えー、ひどいんじゃない。弾さんのネジ穴がプラスドライバーであくわけないやん。むかし、イギリス人の先生もマイナスの穴にはプラスのドライバーは入らないって書いてたし。でも、ほんとにそうなら開けかた教えて。」

山形「……」

大坂「山形さん、何気に詐欺してるよー。意図的でないかもしんないけど。だって、眼鏡のネジ閉めれるとか、先っぽ磁石になってるって話しても弾さんのネジ穴あかないやん。でも、山形さんって、いい人だから、こじれさすのがいやなんじゃないかな。だけど、ここで手口ばらしちゃったから。山形さんももうやめといたら」(大坂のミスで山形さんに届かなかった可能性大。ごめんなさい。)

田中リフレ促進協会(以下「田中」に略)「えー、山形さんのいうとおり、プラスドライバーは由緒正しく…」

山形「大坂め。陰口たたきやがって。俺の聞こえるところでいえ*1そうだよ。俺はプラスドライバーは最近は眼鏡のネジだって閉めれるし、さきっぽが磁石になってたりすんのもあって便利になってるよっていいたかっただけなのに」


ポイント

  • プラスドライバーで弾さんのネジ穴が開けれることをちゃんと示さないと山形さんは弾さんに答えたことにならない。
  • プラスドライバーが最高のもの一つであるなんてことは一般的にはいえない。(最高の定義にもよるが、プラスのネジ穴でないネジを開けようとするひとにとっては最高ではありえない。)
  • 大坂と山形さんの間に、プラスドライバーの有用性についての見解の相違は見出せない。だから、田中さんがプラスドライバーに似たドライバーの有用性について云々しても仕方がない。(まあ、田中さんは私の議論については興味がないようですので、いいんですけど。)
  • 田中氏のコメント欄のロンボルグ嫁もプラスドライバー便利のバリエーションでしかないと思いますが。(もしそうでなければ、ロンボルグ先生にノーベル賞をあげるべきだと思います。)

山形さんとの話のゆきちがいの可能性

山形さんが弾さんにいいたかったことは、経済成長の源泉は成長政策ではなく、個々人のちまちました努力としての生産性の向上であって、反GDP成長の立場はそういう個人の努力への過小評価になるといったところと解釈します。

私はそういうことを考慮しても、弾さんがいっていることは(分配の公平性の観点と解釈してます)議論されてしかるべきだと考えます。このへんのところを私が山形さんへの返答としてはしていないので、私が山形さんの山形さんの論点全体を否定していると考えられているような気もします。山形さんとしては、そこのところと関係ないところで、GDP云々について議論してもしょうがないやと思っている可能性もあります。

ただ、そうはいっても、山形さんの弾さんに対する議論の仕方は意図していないとしても、ある種の詐欺と同じ効果をもつものだと思いますし、実際、入門の経済学の教科書では同種の詐欺まがいがみちみちています。そういう詐欺はもうやめにしませんかという提案は受け入れていただけないのでしょうか。(御自分の胸に聞いていただければ十分です。返答は期待してません。)

さてこれまで、山形氏の諸々の発言で自分の誤りについては率直な方だと感じており、それを信頼して安心して失礼な言動をしてきた面も多々あるのですが、田中氏のブログでの山形氏のコメントを読んで、そのようなひとりよがりの他人への期待をもとに発言してきた私は大変いたらない人間だと実感しております。

アンチ山形の皆様へ

私は皆様に大変失礼な表現をしていました。「東大卒である、英語ができる、下手な専門家よりよく物をしっていて頭が切れる」ために皆様が山形さんにコンプレックスをいだいているとの表現、「ほんとは山形がすきなんとちゃうか」という表現などであります。皆様の中にはおわかりの方もおられるでしょうが、これらは私自身の山形氏への思いを反映したものでありました。私は昨晩、山形氏の田中秀臣氏ブログでのコメントを読んで怒りにかられたときに、さとったのですが、アンチ山形の方々のなかにはこんな奴が、「東大卒である、英語ができる、下手な専門家よりよく物をしっていて頭が切れる」のが許せないという方も多々おられるのではということです。それと、山形氏が相対性理論ではなく理科1分野の知識しか活用してないのに、そんなえらそうにいうなという意見もあるように思います。そんな方は私の発言で、「俺は単純な学歴能力コンプレックスでない」、「山形なんか本当に嫌いだ」と感じられたのではと思います。そのように感じた方には深くお詫びいたします。

私はこれまでどおり、山形氏に深い敬意の念をもちつづけると思います。私は相対性理論を知らなくとも(使わなくとも)実世界についてさまざまな知見をえることができると考えておりますし、その点において、山形氏の能力は天才的です。学生にはひきつづき山形氏の書いたものをすすめます。ただ、山形氏への御人柄への私の中のイメージが変わりつつある現在、山形氏への尊敬の念とそのギャップに気づき、大変悲しい思いをしております。

*1:ちょっと大坂の妄想が入っています。