財務省各位への誤解について
濱口さんの記事を読んで、いままで財務省の皆さんに、大変な誤解をしていたことに気がつきました。ただ、これは多分、私だけの誤解ではなく、経済に関心があるかなり多くの人達と財務省の皆さんとの間の誤解のように思います。
やっぱりこいつらは「りふれは」
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-9c68.html
一言でいえば、財務省のみなさんは高齢化対策などの福祉予算のために増税が必要と主張しておられました。私を含めて多くの人々は全然、それを本気にうけとっていませんでした。皆さんが増税による省庁にからんだレントシーキングを目指していると感じておりました。大変もうしわけありません。もちろん、卒直にいって、財務省には多くの人々がいますから、一部にはそのような人もいるかもしれませんが、問い質すこともなく、財務省の全体がそのような動機で動いているような妄想にとりつかれていたのが、いままでであったと思います。
私は今回の「アベノミクスの失敗」(あるいは後退)において消費税増税が大きな要因であり、間近の消費税アップも景気をますます悪化させることを確信しています。消費税増税は税収の減少によって、ますますの財政の悪化を引き起こし、格差拡大とともに、諸々の福祉政策の足枷になると考えています。
また、アベノミクスの理論的基礎となるインフレターゲット政策の本来の期待される効果は(現在、あまり十分に発揮できているとはいえませんが)実質利子率の低下によって、富裕層や内部留保を溜め込んでいる企業の貯蓄を不利にすることを通じて、失業者の雇用を改善する所得再分配効果をもたらす、失業給付や福祉政策を補完するものと考えております。それが多くの人達の啓蒙の努力にもかかわらず、株式をもった富裕層の利益を重要視した政策と誤解されつづけていることもディスコミュニケーションの原因の一つと考えています。(昨年の株価の上昇が消費の期待されるほどの上昇に結びつかなかったことが、そのような誤解を強めました。)
このように私たちの経済政策の認識はほとんど180度、財務省の方々とは違うものですが、基本的にはバブル崩壊以降ひろがった経済格差し、財政危機による福祉の足枷を解消することを目的としており、これ以上の福祉のきりつめを避けようとする良心的な財務省各位とは同じ目的をもっていると思います。
皆さんの真の目的を誤解し、これまですでに述べたようなあやまった認識をもっていたことをお詫びします。リフレ派の代表でもなく、まったく無名な私がわざわざ謝罪を表明するのは、申し分けない気持があるのと同時に、私と同じ種類の誤解を多くのリフレ派と呼ばれる経済学者を中心とする人々がもっていると思うからです。皆さんに謝罪すると同時に、私が敬意を払う経済学者達にも誤解をとくべきと考えております。
私は今、同じ県に住む公務員である知人とした議論を思い出します。彼女は現在の財政状況で財政支出が増えると福祉や教育への支出が削減することを心底心配しておりました。私はそうではなく、不景気での支出の削減は、有効需要の減少を通じて、財政を悪化させると考えています。むしろ、支出の増大が景気対策となる現時点で、財政危機の不安から歳出削減の圧力が高まっていることが、ますます財政危機を悪化させる悪循環におちいっていると感じます。(浅田統一郎氏がこの点について明解な議論をしています)この議論はすべての経済学者に支持されているとはいえませんが、古典的なケインズ理論からほぼストレートに導かれるし、ニューケインジアンも支持しうる論点です。
経済学を学んでない私の知人がそのような論点に考えがおよばないのは、むしろ自然です。しかし、財務省のみなさんが卒直にこのような経済学的には常識的な観点をまったくスルーしているのは、皆さんが日本のエリート中のエリートであるというイメージと認知的に著しい不調和を私の中に引き起こしました。私は単純にそのような初歩的な経済理論にみなさんが無知である(失礼ですが、卒直にこういわざるをえません)という可能性を考えることはできず、皆さんが福祉や格差の問題を本音では省庁の利益よりも低く見ていると考えることで、なんとかイメージと現実のバランスをとっていました。おそらく、皆さんが属しているのが、日本で事実上、最も強大な権威をもっている省庁の一つであることも、私の中に反権力的な偏見を助長させた面もあったのではと感じております。
ただ一つ、いまでも認識がかわらないのは、皆さんがマスコミや政治家に対して、極めて強い影響力をもっていることです。私は今は、皆さんの多くが私の知人と同様の水準の認識で経済・財政や今後の福祉を考えており、皆さんの発言をそのままに本音としてうけとるのがよい、と考えるにいたりました。ただ、卒直に皆さんの経済認識は非常に偏っており、意図と反して、いっそう財政危機を深める結果をうみかねないものです。その点は、経済・景気と財政の関係を認識していただき、皆さんに信頼をよせているマスコミ、政治家、ひいては国民を正しい認識に導く責務があります。これは本来、私を含めた経済学者が引き受けるべき任務なので忸怩たるものですが、皆さんの発言が経済政策にあたえる影響は経済学会よりも強いのが現状といわざるをえません。
財政の専門家である皆さんにいうのは大変失礼なのですが、過去の消費税増税が日本の税収にプラスの影響があったかについて、再考をお願いしたいと思います。税率と税収の推移をプロットしたグラフを外国人にみせたとして、いつが消費税導入のタイミングなのか、日本経済を知らない外国人は、たとえ経済学の知識があってもわからないと思います。それは景気による税収の大きな変化が、税率アップの効果を上回っているからでしょう。今回の消費減退もふくめて、過去をかえりみれば、税収のアップは景気の回復後にするのが順当と考えます。それがひいては日本の財政再建につながり、財政危機が福祉の足枷になっている状況を脱却するきっかけをつくることになると考えています。
景気をどう回復するかについては、政策手段について議論の余地があります。私はアベノミクスの金融政策が今後、もりかえすことを願ってはいますが、在庫循環の動向などを見ると消費税アップ前より、成功する可能性はかなり小さくなったと考えています。増税どころか大幅な減税が必要とさえ考えます。また、安倍政権では実現可能性は小さいですが、共産党などは企業の内部留保を賃金にまわすことでの格差縮小を提案しています。現状の皆さんよりも経済への認識の違いが少ない論者の間でさえ、今実行すべき政策内容は合意ができていません。しかし、福祉の足枷となっている財政危機と格差の解消の最も強力な効果をもつのは、景気回復であることは私は否定しようがないと思いますし、ここの認識をまちがえると日本経済は若年層を中心とした低賃金と高齢化によって破綻せざるをえないと考えています。ここのところは大きな発言力をもつ省庁の一員として財務省の皆さんに認識いただきたく存じます。
濱口さんのブログのコメントにも書きましたが、いままで皆さんに対する誤解を知ってことは、コミュニケーションギャップの恐しさと同時に、皆さんと経済学者との間で建設的な対話の可能性を見いだせたことで、大きな希望もいだいています。また、濱口さんのような信頼できる方が私達の誤解に正当に怒りを表明していただいたことに感謝しております。