経済学思考の技術

経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える

経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える

上の上のエントリで、お小言をいいましたが、経済学の入門書としてはむしろ、とってもいい本です。私はテキストとしてマンキュー経済学のミクロ編をつかっていて、それに経済学の10ルールみたいなのがあるが、飯田さんの「経済学思考の10のルール」の方が絶対いい。マンキューのルールはどちらかといえば、結論を列記したものが多いけども、飯田さんのルールは結論を導く前提になるものが多い。実際に経済学を考える上では飯田さんのルールの方がはるかに役に立ちそうだ。ただ、(1)、(2)、(10)は説教くさくていやだ。これについてはあとで触れる。

そして、私自身の授業もそうなのだが、経済学の入門の授業は一市場の部分均衡分析(需要曲線、供給曲線のあれ)だけですんでしまって、その授業だけでは一時点の完全競争市場で終わってしまって、へたをすると経済学は役に立たないという印象だけをふりまくものになりがちだ。私が感心したのは、この部分への配慮で、ルール10のなかに、通常の入門書ではみすごされがちな「個人がアクセスできるフリーランチはない」(裁定の存在)と「価格の調整は緩慢にしか行われない」という項目がはいっている。この二つはそれほど時間をかけなくとも、初心者にとって理解にそれほど時間がかからない事項であるにもかかわらず、応用面からいえば非常に重要な事項である。特に後者はマクロとの関連の上で重要である。マクロモデルとは単純にいってしまえば、何らかのなんらかの財の価格調整が緩慢か、調整不全におちいっている一般均衡モデルであるからである。実際に本書でもそのような役割を果たしている。情報の非対称性、異時点間の最適化、不完全競争についても、初心者にそれほど負担がない範囲で、かつ、ごまかしなく説明がされている。

多くの経済学の入門書は目標をやさしいモデルにおいて、経済学は適用範囲が狭いという印象をあたえてしまうか、広い範囲を粗雑な理屈であさるかのどちらかになりやすい。この点で飯田氏は読者に経済学の適応範囲の広さを印象づけながら、粗雑な理屈に陥らないことに成功している。しかも、それを150ページで達成している。

率直にいえば、教科書にはしにくい。生産可能フロンティアや無差別曲線は教科書ならもっと丁寧に説明したほうがいいし、練習問題も必要であろう。しかし、この本は授業で必要にせまられて読むより、やる気のある学生が独力で読むのに適していると感じる。また、教養の授業などで、通常のミクロの初歩のような経済学入門を受けると経済学の適応範囲について誤った情報を得てしまう。この本はそうしたイメージの歪みはほとんどないので、教養の授業のテキストとしても望ましい点がある。ただ、10日でわかる経済学という種類の本ではない。最低限、論理的に考えることを要求されている。著者自身、安易に読まれることは期待していないだろう。

また、経済学思考を身につけさせましょうというスタイルは率直にいって私は支持しない。上の上のエントリでふれてない点でいえば、論理的に考えることの重要性は実際の分析のなかで体験されるべきもの*1で、声高に論理的に考えなさいということが教育効果を持つとは思えないからだ。また、人間の健全な思考の延長であるはずの論理的思考が、特殊な能力であるかのような錯覚をもたらす危険もある。論理的思考の勉強は、実際に議論したり、本を読んだりして覚え、そこで自分の論理的能力に限界を感じた人にとって本による勉強がはじめて意味を持つのであり、経済学の入門書のはじめで教えられるべきものではないと強く感じる。

後半の現実の日本経済を扱っている部分は私の一番かけている能力と関わっているんで、釈迦に説法どころの騒ぎでなくなるので、とてもわかりやすいという感想にとどめさせてもらう。

結局、本全体の書評というより、中ほどの3分の1のみに触れるものになったが、その部分については、類書にない長所をもったものと感じている。とりわけ、経済学思考や論理的思考を身に着けましょうというスタイルに対して私が不快感をもっているにもかかわらず、本全体に対してはむしろいい印象をもっているのは、その部分がきわだってよいからである。

*1:そのための配慮が本書で十分になされていることは認めるが