小野不況理論と公平性
小野善康さんの「不況のメカニズム」のこと、最近、ボケーっと考えているのだが、小島さんが指摘しているとおりブログ上での書評も「あーなんだかなー」というのが多い気がする。一つは小島さんが指摘する通り、この本がある程度ケインズの難解さにつきあったことがある人を対象にしている面があるからだろうが、もう一つはこの本での効率性と公平性の関係が一見、わかりにくい点にあるのではないだろうか。
私自身が以前のものもふくめて小野さんの著書から勉強になったと一番感じることは、不況を効率性の観点からとらえる視点だ。ケインズ政策は、市場の効率性と引き換えに、失業を抑える政策とうけとられることが多い。しかし、失業とは労働が遊休している状態なので、それ自身が非効率な状態である。これは小野さんのような頭のいい人なら、すぐにわかることなのだが、私自身は小野さんの本を読むまで、少くともはっきりは理解していなかったと思う。小野さんはあくまで不況の問題を効率性の問題としてアプローチしようとする。
ところで、『不況のメカニズム』での焦点の一つは価格メカニズムの存在にもかかわらず、全般的超過供給、つまり不況が発生するメカニズムの解明である。教科書的なIS-LMモデルでは消費は消費関数によって決まる。つまり、国民所得の水準が消費を決定すると仮定されている。この想定が不況が発生を可能にしている。この想定のもとでは、投資が十分でなければ、経済全体の供給は需要をうわまわり不況が発生する。しかし、生産物市場で価格メカニズムが働いているならば、供給が需要を上回るならば、財の価格は下落し、消費が増えることによって、需要は増加する。消費関数の想定はこのメカニズムを暗黙に否定することによって、不況の発生を可能にしている。
小野さんの議論は単純にいえば、貨幣の保有動機の想定によって、生産物市場の価格メカニズムの存在にもかかわらず、不況が発生することを説明している。人々が貨幣をすすんで保有しようという動機をもっているならば、生産物の価格が下落したとしても、消費の増加が抑えられるかもしれない。
具体的に経済で物価が下落しても、貨幣をためこんで消費しないような人々とはどういう人々だろうか。それは将来、労働による所得の見込がなく、なおかつ現在の消費水準に満足できている人々、典型的には金持ちの老人である。したがって、金持ちの老人からワーキングプアの若者に所得を移転するだけで、不況時には消費が増え、不況のもとでの非効率性は緩和される。このことは小野さんは明確にいっていないが、小野さんの議論からほぼストレートに導かれる。
これにもみられるように小野さんの議論から導かれる消費面での不況対策は金持ちの遊んでいる貨幣をいかに掃き出させるかということに尽きる。これは公平性の観点ではなく、金持ちが貨幣をためこむことが効率性の観点から、超過供給を生じさせ、遊休資源を発生させるためにのぞましくないからである。
小野さんの議論はあくまで、効率性の観点から不況を分析しているが、そこから導かれる不況の対策は、少くとも消費面に関しては、金持ちにきびしく、貧乏人にやさしい政策である。いいかえれば、消費面に関しては、不況時において公平性は効率性を高める。しかし、これは公平性に価値を置いているためではなく、あくまで効率性の観点のみからいえるのである。
それと、小野さんの議論がブログの一部でみられる金持ち老人が若者を搾取しているのが不景気の原因とみなす議論の基礎付けになることは明白である。