成長率で理解するサラ金返済と増税問題

浅田さんにもミスを指摘されて、5/12 18:00頃に修正しました。修正までに時間がかかったこと、浅田さんにお詫びもうしあげます。すみませんでした。

注意:5/3 22:10頃に松尾匡さんの指摘で数式などのミスを修正しました。

この文章は浅田統一郎さんの
デフレ脱却こそが国債累積問題の解決策である:オピニオン:Chuo Online : YOMIURI ONLINE(読売新聞)の解説です。この記事では、

△d=(G/Y)−(T/Y)−(△H/pY)+(r−π−g)d

なる数式がでて、はてなのブックマークあたり見ると無駄にびびっている人がいますが、この数式自体はたいしたことありません。

多分、この記事でひっかかっている人が多い原因は、(1)国家財政の問題をあつかっているがではあるが、基本的なロジックは普通の家計の借金の話となんらかわりはないこと、(2)手法としても、成長率だけで理解し、導出可能な式なのに、導出がされていないから、字面だけで難解と誤解されていることの2点だと思います。(2)は、あの紙面の分量ではしかたがないことだと思います。株式会社はてなさまのおかげで、この場ではいくら書いても大丈夫なので、浅田さんの記事の補足をしたいと思います。

数式がやたら長くなって、数学が嫌いな人によんでもらえない記事になりそうなんで、結論だけ先に書きます。

  1. 毎月、ローンでキャバクラにいっても、所得と物価があがれば、利払いは楽になっていく可能性がある。逆にいえば、返済額を多少ふやしても、所得と物価が下落していけば、利払いは苦しくなる可能性がある。
  2. 浅田さんの記事は、このことを国家財政にあてはめたものであり、上の要因がかなり大きいことを主張している。つまり、債務残高増加の主要因はデフレと実質所得の下落であり、また、実質所得下落の主因がデフレの放置であることを考慮すれば、増税よりもデフレ対策が先決である。

キャバクラ通いのおこづかい帳

べつにキャバクラでなくてもいいんですが、個人的に富山市桜木町というところに心ひかれる中年なので、この例をつかいます。

あるおっさんがいて、毎週末キャバクラにいっているとします。毎回、カードでキャバクラ代金を払っています。彼のおこづかい帳の様子をみてみましょう。

彼の収入をY円とします。月にキャバクラにC円(キャバクラの頭文字です)つかっているとします。毎月H円ローンに返済しているとしましょう。現時点でカードローンの残高がZ円あるとします。来月のキャバクラの残高はいくらになるでしょう。

あらたに今月ローン会社から借りるローンはキャバクラ代金から返済額を引いた額つまり、C-Hですが、それ以外に、現時点の残高への利払い分もふえます。利子率をrとおけば、rZです。来月の残高はC-H+(1+r)Zとなります*1。つまり、来月の残高=キャバクラ代金−返済額+(1+利子率)×今月の残高となります。

こんな暮しをしていたら、絶対生活が破綻するとおもう方も多いですが、キャバクラ大好きなお父さん方に朗報があります。もし、みなさんのお給料があがっていたり、あるいは、世の中がインフレになら、同じペースでキャバクラに通っても、家計の破綻にはいきつかないかもしれません。

ローンの残高が増えても、それ以上に給料がふえれば、家計としては問題がないはずです。もし、給料にしめるローン残高の比率つまりローン残高÷家計、Z/Yが増えないのなら、残高自体がふえても生活が苦しくなることはありません。したがって、Z/Yがどうなるかが増えるか減るかが、問題です。

この問題は時間をつうじて、数字が変化する問題ですから、成長率についての数学の公式をつかえば計算が楽になります。

成長率の計算

一年あたりのある数値の増加をΔXとするとし、当初の値をXとすると、成長率はΔX/Xとなります。近似的にXY=X×Yの成長率はΔX/X+ΔY/Yとなります。つまり、二つの数値をかけあわせたものの成長率はだいたい二つの数値の成長率をたしたものになります。X/Y=X÷Yの成長率はΔX/X-ΔY/Yつまり、ある数値をほかの数値で割ったものの成長率は、割られる数値の成長率から割り数値の成長率を引いたものとなります。すんごい、おぼえやすい公式とは思いませんか。説明は別の記事で書きます。

キャバクラおやじの将来

数値の増減を考えるので、今月の数値と来月の数値を区別するのが便利ですね。今月の残高をZ(t)、来月の残高をZ(t+1)というようにして、今月と来月の数値を区別しましょう。 そうすると、返済の苦しさの指標、Z/Yつまり、給料にしめるローン残高の比率は、今月に関してはZ(t)/Y(t)、来月にかんしてはZ(t+1)/Y(t+1)となります。来月の生活が今月よりも苦しくなるかは、Z(t+1)/Y(t+1)がZ(t)/Y(t)より大きいかどうか、つまり、Z(t+1)/Y(t+1)−Z(t)/Y(t)がプラスかマイナスかで決ります。この数値をこんご、Δ(Z/Y)とおきます。Δは今月から来月にかけての数値の増加分をあらわし、他の数値についても同様とします。

しりたいのはΔ(Z/X)ですが、その準備として、前の節の公式をつかって今月から来月にかけての、Z/Yの成長率を計算しましょう。これは、ある数値をほかの数値で割ったものの成長率は、割られる数値の成長率から割り数値の成長率を引いたものなので、ΔZ/Z-ΔY/Yとなります。ΔZ=Z(t+1)-Z(t)、かつ、Z(t+1)=C-H+(1+r)Zなので、ΔZ=C-Y+rZとなります。したがって、Z/Yの成長率は、
{{\Delta(Z/Y)}\over{(Z(t)/Y(t)}}={{1}\over{Z(t)}}(C(t)-H(t)+rZ(t))-\Delta Y/Y(t)
ちょっとだけ変形すると、
{{\Delta(Z/Y)}\over{(Z(t)/Y(t))}}={{1}\over{Z(t)}}(C(t)-H(t))+r-\Delta Y/Y(t)
これを両辺(Z(t)/Y(t))をかけると、知りたかったΔ(Z/Y)がわかります。
\Delta(Z/Y)=(C(t)/Y(t)-H(t)/Y(t))+(r-\Delta Y/Y)(Z(t)/Y(t))
第一項、(C(t)/Y(t)-H(t)/Y(t))は所得あたりのキャバクラ代金がおおきければば、苦しくなり、所得あたりの返済額がおおきければば楽になるという、あたりまえの効果をしめしています。第二項は、これがミソなのですが、利子率よりも所得の成長率が高ければ、苦しさはそのことによって軽くなること意味しています。

つまり、利子率以上に所得が増加すれば、そのことが利払いを楽にするという結論がわかってしまえば、こんな計算のありがたみがまったくなくなってしまう、単純な事実が確認されました。要するに来年の生活の苦しさは、今年、いくら返すかととも、利払いのしんどさにも影響され、利払いのしんどさは、給料の伸びと利子率に影響されるということです。

キャバクラ代金による実質値

浅田さんの記事につなげるために、いままでは名目値つまり、金額で考えていましたが、実質値で考えてみます。つまり、給料も、返済額も、ローン残高もキャバクラ何回分に相当するかで考えてみます。キャバクラ一回の料金をpであらわし、小文字でキャバクラ実質値をあらわせば、c=C/p、H=H/p、Z=Z/p、y=Y/pとなります。cは月に何回キャバクラにいくか、yは給料全額で何回キャバクラに通えるかといことになります。キャバクラ通いの好きなおっさんには、非常に重要な指標であることがあきらかですね。

これで、Δ(Z/Y)を計算しなおしてみると、
 \Delta(Z/Y)=(c(t)/py(t)-h(t)/py(t))+(r-\Delta p/p-\Delta y/y(t))(z(t)/y(t))
となります。浅田さんの式とそっくりなのに注意してください。第一項はほとんど、小文字が大文字にかわったくらいのちがい(ちょっとちがうけど)しかありませんが、第二項は-Δp/pがはいっています。これはキャバクラ価格があがれば、返済が楽になることを意味しています。これは、ちょっと直感からはずれるかもしれませんが、給料とキャバクラ料金が同率で上昇した場合を意味していると考えればよいでしょう。つまり物価があがっても、利払いは物価があがる前の残高できまりますので、利払いがらくになるわけです。これが意味しているのは、給料とキャバクラ代金が同時に上昇するような、物価の上昇は借金の支払いを楽にするということです。

給料の額がそのままで、キャバクラ料金だけ上る場合は、Δp/pとΔy/yがうちけしあって、カッコの中はrだけになります。なぜなら、キャバクラ料金だけがあがって、金額としての給料がそのままなら、キャバクラの回数ではかった給料はその分下るからです。名目の給料が同じなら、第二項の効果は利率できまるということです。

浅田記事のポイント

(1)式において、dにかかる係数(r-π-g) の値がマイナスであれば、d の増加が△d の減少を誘発してd の累積的な増加を防ぐ「安定化効果」を持っているが、逆にこの係数の値がプラスであれば、d の増加が△d の増加を誘発してd の累積的な増加を促進する「不安定化効果」を持っていることがわかる。

これはキャバクラ問題における前節の太字部分に相当します。つまり、物価上昇率と実質の所得の成長率が利子率をうわまわれば、政府の借金の返済はらくになり、逆ならば苦しくなります。これは浅田さんの式の第二項にかかわり、通常、財政支出を減らして、増税すれば、財政が健全化するというのは第一項にかかわります。浅田さんの主張は単純化すれば、デフレで、物価上昇率がマイナスで実質所得の成長率も低い、現在の財政の債務残高の増加には第二項の要因が非常に大きく効いていて、そっちをなんとかするほうが、先決だということです。これは、キャバクラ問題でいえば、給料が下りすぎていて、ちょっと返済額を増やしたくらいじゃ、家計の状態がよくならないというのと同じことです。

実質所得が伸びない原因もデフレにあるのですから、増税よりも、デフレ対策が先決ということになります。

上品な浅田がいわないことを言えば、要するに野田君や谷垣君たちは今年いくら返すかしか考えてなくて、利払いを楽にするにはどうするかということには、まったく頭が働いていないおバカさんであるということを浅田さんはあきらかにしているわけですね。

浅田さんの記事は政府の資産として貨幣供給を考慮にいれている部分をのぞけば、キャバクラ問題となんらかわりはありません。ここまで、数式を追えたひとなら、自力で浅田さんの記事の数式を導出できるでしょう。

*1:この式はちょっと不正確ですが、あとで計算が楽になるので、御容赦ください。正確にはC+(1+r)(Z-H)です