塩沢由典『複雑さの帰結』7章から

以下のエントリでの塩沢由典さんのコメントを読むと『複雑さの帰結』での塩沢さんの文章を思いだす。
http://d.hatena.ne.jp/osakaeco/20140701/p1

均衡経済学がいまや経済学にとって障害になっているという主張は、ひとつの仮説である。われわれが経済学の次の段階に到達し、現在の理論的沈滞を打ち破るまで、均衡経済学が実際に経済学の障害であるかどうか知ることはできない。だから、基本的に、これはひとつの賭けである。信じるか信じないか、それはあなたの選択である。しかし、もしあなたがそれを信じるならば、あなたは特定の仕方で行動しなければならない。なぜなら、認識論的障害の考えがあなたに否定的な指図を与えるからである。あなたはどのような形であれ、どのような場合であれ、理論的ツールとして決っして均衡の概念を受け入れてはならない。拒否は全般的なものでなければならない。そうでなければ、あなたは現在の理論的閉塞状況から決っして逃げ出すことはできない。それはまさに自分自身との闘いである。しかし、そうすることがより困難に見えれば見えるほど、均衡の概念を越えて進むあなたの機会は具体的なものである。学問上の打開はこのような困難な道を通じてのみ達成可能である

『複雑さの帰結』7章「定常性の第一義性」p.254

複雑さの帰結―複雑系経済学試論

複雑さの帰結―複雑系経済学試論

私自身についていえば、若いころから塩沢さんを知っていたにもかかわらず、50近くになってやっと、塩沢さんに近い方向にふみだそうと思うようになった。それは日常的に接する多く同僚や、かつての恩師を裏切るような感覚が今でもあって、ちょっとした親殺しのように感じている。